私はチェット・ベイカーっていう西海岸のジャズ・トランぺッターが好きで、最初に「チェット・ベイカー・シングズ」というアルバムを聴いて以来ずっと聴いています(私のBLOG"HLS"は、彼の鮮烈な演奏が聴ける"Happpy Little Sunbeam"という曲を縮めたものです)。彼の音楽はほんとに学ぶことが多く、一生気合い入れて聴き続けたいアーティストの一人です。
今年一番たくさん聴いた彼のアルバムはこちら"It could happen to you'です。これ、チェット・ベイカー入門に一番いいかもしれないと思います。全部ヴォーカル曲ですごく聴きやすい…のに、一度聴いたら抜け出せない彼特有の深みがしっかりと刻まれています。
勿論どの曲も素晴らしいんですが、特に最近グッとくるのが'I'm Old Fashioned"という曲で、何かやっている最中でも手が止まって、気づいたらじっと聴きこんでいたりします。元々はフレッド・アステアのミュージカル映画で使われていた曲で、コルトレーンも演奏してるのでご存知の方も多いかと思います。
"Old Fashioned"というのは和訳すれば「古風な」とでもなるのでしょうが、私はむしろ否定的、自虐的な意味合いの「時代遅れ、古臭い」 という意味の方が近いような気がしてなりません。そう考えるとチェット・ベイカーの歌声の悲痛さがよりいっそう切迫したものとして、耳に届いてきます。
個人的なことを言うと、私は高校のときに(特に何かきっかけがあったわけでもないのに突然)これから先同時代的な物を一切信用するのはやめよう、と思いました。世の中にあるほとんどのものはクズだ、と。ひょっとしたら皆と同じになるのが怖かったのかもしれません。今はもうそこまではつっぱってはいませんが、でも大枠としてはそんなに変わってないような気がします。勿論そのことで色々な失敗をしでかすことになるわけですが、正直そんなに間違った判断では無かったかな、と思います。もう一度16歳か17歳になったとしても同じことをするような気がします。
そんな私にとって、この曲は—本来こういった粘着する言葉は好きではありませんが—ほんとに「ああ、すごくわかるなあ…」と思ってしまいます。世の中には他にも色々なものがあるはずなのに、どうしても古臭いもの、長い間生き延びてきた物を愛でてしまう…。特に最後の「君が僕と一緒に時代遅れなままでいてくれるなら…」というところをチェットはこれでもかと甘く歌うわけですが、それに反して私には悲痛な叫びに聴こえます。何故かというと、これが決して叶わない願いだと私は経験的にわかっているからです。これは勝手な憶測ですが、ひょっとしたらチェットも同じことを考えながら歌っていたのかもしれません。
それにしても、こういう何十年も前の人が抱えていた切実な悩みが、時(1950年代と、iPhoneでtwitterに勤しむ現代)と場所(アメリカ西海岸と極東の島国日本)をあっさりと越えて心を震わせるということにも、改めて胸が熱くなってしまいます。Old Fashionedもいいじゃないか、と。男性の愚かさは変わりませんね、と言われると身も蓋もありませんが。
凄く、いい記事ですね。
チェット・ベイカーを聞いてみようと思いました。
投稿情報: よし | 2010/12/04 11:39
チェット・ベイカーいいですよ!まずは↑のような歌ものからどうぞ。
投稿情報: yoji | 2010/12/05 01:05